子どもの評価=親の評価だと思ってしまう私

通知表やテストを見たとき、

私はまず「この子の気持ち」より先に

ホッとしてしまう。

 


安心した。

 


よかった、と。

 


もちろん、その“よかった”は、

本当にこの子の未来に対して

 

でも本当にそれだけ?

 


それとも――

「ちゃんと育ててるね」と思われる自分に対しても含まれてるのでは?

 


正直に言うと、

私はどこかで

 


子どもの評価=親の評価

 


だと思っている部分がある。

 


成績がいいと、誇らしい。

習い事を頑張っていると、安心する。

褒められると、私まで評価された気がする。

 


きれいごとじゃなくて、

たぶんそれも本音。

 


子どもの成績は、

私の通知表みたいに感じる瞬間がある。

 


でも、

 


もし私が

「この子の評価=私の評価」だと思い続けたら

この子はどうなるんだろう。

 


失敗したら怒られるかもしれない。

挑戦するより、無難な道を選ぶかもしれない。

私の顔色を見ながら生きるかもしれない。

 


それは、違う。

 


子どもは、私の作品じゃない。

 


だから今、意識していることがある。

 


成績より「どう考えたか」を聞くこと。

他の子と比べないこと(本当に難しいけれど)。

失敗したときほど、まず共感すること。

そして――

私の不安を、子どもに背負わせないこと。

 


完璧にはできない。

 


今でも揺れる。

 


テストの点が悪ければザワつくし、

周りの子がすごいと焦る。

 


でも、そのたびに思い出す。

 


この子の人生と、

私の評価は、無関係。

 


教育って、

子どもを育てることでもあるけれど、

 


いちばん試されているのは

親の心の在り方なのかもしれない。

 


子どもを伸ばす前に、

まず自分と向き合う。

 


それが、私のいまの課題。